子育て呑龍さん

呑龍上人は、江戸時代、今の埼玉県春日部市に生まれ、増上寺にて修学し、関東一円の壇林の基礎を築かれた浄土宗の高僧です。

徳川家康の命により、群馬県太田の大光院の開山として入山され、子弟の教育に専念されました。当時、凶作や飢饉が続き、口減らしのために、すてられたり、売買されたりするこどもたちが多くありました。上人はこれを見るにしのびず、これらの子どもたちを弟子として引き取り、大切に養育されました。

上人の行徳は地域一円に聞こえ、「子育て呑龍さん」として信仰を集めました。


天清院と子育て呑龍さん


浄土宗大本山金戒光明寺の第59世梁譽上人は、呑龍上人像を尊崇しておられました。梁譽上人は、年来、護持しておられた秘仏呑龍大士の霊像を生地である美濃に安置したいと念願しておられました。

おりしも、天清院第15世三譽上人に、本堂改築の計画があることを知り、永く寺門繁栄、国土安穏、万民請益を願って、明治15年(1882年)、尊像を寄進することを決められました。以来、天清院は、呑龍大士分霊場として、近隣在住の信仰の的となりました。